2025.03.31 清香会からのお知らせ
第52回生・同窓会
2025年1月に、いくつかの学年で同窓会が開催されました。その中で、学園の教室で開かれた第52回生の同窓会について、当時担任であった森先生が学園文集『清香』に寄せた文章をご紹介します。
2025年1月18日、2000年3月卒業の同窓会が本校で開かれました。卒業して25年、校舎は変わってしまったけれど、「母港」開催での同窓会に54名の卒業生が集いました。今は取り壊してしまいましたが、アカデメイアの森に建っていたB舘を建設中に中学に入学し、テニスコート上に建てられたプレハブ校舎でのスタート学年でした。じっとしていられない元気な生徒が多く、女の子なのにプレハブの中を走り回って、壁に穴をあけてしまったりガラスを割ってしまったり、毎日想定外の事件が起きていましたが、おしゃべり好きで、個性豊かな生徒たちでした。中学1年の終わりに阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件があり、通学に不安を感じた生徒もいましたが、学校ではよく学び、よく笑い、友達の輪・絆を広げていきました。休み時間に校内にある公衆電話に生徒が並んでいたのを思い出します。今はないポケベルです。誰にどんなメッセージを送っていたかはわかりませんが、スマホがない時代のコミュニケーションツールでした。高校生になるとミニスカート・ルーズソックス・ガングロ・茶髪が流行し、生活面での注意をすることが多くなりました。女子高生文化が盛り上がった時期で、「主役は私!」とばかりに着飾ったり流行のダンスを踊ったりしていました。とにかく学校が好き・友達が大好きな生徒たちでした。そして保護者同士も子どもを通して仲の良い学年でした。校長先生は6年間、棚橋忠夫先生でした。初代校長棚橋絢子先生のひ孫にあたり、現理事棚橋毅先生のお父様です。私はこの学年が初めての担任で、6年間ともに過ごしました。その間、結婚・長女出産・二女妊娠と、人生の転機をともに歩んでくれた生徒たちでしたし、人生の先輩である保護者からも多くのことを学ばせていただきました。
25年ぶり、43歳になった卒業生たちは久しぶりの再会に大騒ぎで、校内にその奇声が響き「静かに!」と25年前と同じ注意をしたくらいです。全員が自己紹介をして、お互いの存在を思い出し、昔話に花を咲かせました。時が経ってもあの頃と同じ笑顔で話すことができるって素晴らしいですね。懐かしい話とともに、「何であの頃あんなに尖っていたのかな」「親に迷惑かけたね」「あの6年間があったから今の私があると思う」「先生のおかげです」「東女でよかった」など、あのころには気づけなかった自分の姿や、保護者の思い、友人・教員への温かい想いをたくさん口にしていました。今は素敵なお母さん、立派なキャリアウーマンになって活躍しています。そんな彼女たちをみて、どこか誇らしい気持ちになりました。今回、幹事をしてくれた五人は、昨年の文化祭で来校した後、さまざまな SNS を使い声をかけ、80人以上とつながることができたそうです。同窓会の会場に学校を選んでくれたことで、部活動でお世話になった先生との再会をすることもできました。嬉しかったことは、みんなが幸せであったこと、つらいこと・悲しいこともたくさんあったと思うけれど笑顔で会えたこと、そして「母港」で教員としてお出迎えをできたこと、私にとってもとても幸せな時間でした。貴重な時間を作ってくれた教え子たちに感謝の気持ちでいっぱいです。
在校生のみなさんは25年後どんな大人になっているでしょうか? そのときこの学校はどう変わっているでしょうか? 今は想像つかないけれど、こんなふうに同窓会を開き、笑顔で昔話に花を咲かせられると良いですね。私学の良いところは先生が変わらずにいることです。若い先生がベテランの先生となってみなさんを迎えてくれるはずです。この学校で学んだ卒業生の「母港」としてこの学校があり続けてくれること、卒業生が「母港」に活躍している姿を見せてくれることを心より願っています。