2013.08.30 過去のニュース
ナオコへの手紙 12
ナオコへの手紙
浅香 洋一
12
火曜日午前10時30分。山の手線のターミナル駅も人通りがすくないようです。階段を降りてゆくと、バス停。都バスものんびりとエンジンをふるわせています。初冬の都心は、青空をとりもどしていました。
乗客は僕と、二人のおばあさん。都バスに乗った僕は、しばし、迷子をたのしもうかと思っているのです。行く先は………バスの終点はきまっています。でも、僕がどこで降りるのかは、僕自身わかっていません。山茶花の垣根がみえてきたら降りるのも良いし、銀杏の枯れ葉が風に舞って、女の子が裾をおさえた公園前。噴水の飛沫が虹をつくったり、ひんやりした石の彫刻の長い影を目で追った時に、降りてもいいのです。風がささやいた夕暮れ時まで、そして。
でも、かならず、いつでも、それでも、たとえば ――― ううん、やっぱり、僕が迷子を楽しめたのは、帰るべき温かな家があったからに違いありません。暖炉の前のソファーで木のはぜる音をききながら、編み棒を手にしているナオコ。
もうすぐ、呼び鈴をならします。
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12回に渡って連載してきた学園ブログ特別企画も、今回で最後になりました。
東京女子学園の国語の教員として教鞭を執りながら、
浅香洋一として執筆活動をしている I 先生。
とてもユニークで生徒からも人気の先生です。
今後、新たな連載も企画していますので、ご期待ください。