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2013.08.28 過去のニュース

ナオコへの手紙 11

ナオコへの手紙                                 

浅香 洋一

11

コートの襟をたてて待つこと1時間。やっと乗ることのできたエレベータは、僕を不思議な宝石箱に連れていってくれました。深海のように暗い、濃密な闇にきらめく照明。パリの大晦日は、今はじまったばかりです。

エッフェルがこの塔を建てた時、賛否両論がわきおこったといいます。鉄骨の無骨な姿が、詩的で繊細な都市の外観をだいなしにするといった意見。天に伸びゆく鉄塔に、人類の希望がたくされているといった、万国博覧会の主旨にもあう意見。様々な意見がたたかわされましたが、このエレベータ前の行列を見ると、どうやら今は賛成派が多そう。高いところから見るパリの街並は、じつに整然としています。星のまたたきに似せた屈折率をもって道がのびてゆきます。街頭の燈火が、幾何学的に交差するあり様は、星座の神がみが会話をかわしているようです。

多くの人々が、エッフェル塔にのぼって下界の星座をながめてきました。そのひとりに僕も連なったとき、ふっとこんなことを思いました。

……… 鳥瞰されるべく、パリはつくられてきた ………

地下鉄を降りオペラ座前の広場に出たとき、ふーんこれがそうかといった風に見上げたことがあります。灰色の大きな建物。でもそれから7分、坂をくだって今きた道をふりかえりました。ちょっぴり背中に視線を感じたのです。見上げると屋根の上の荘厳な彫刻が僕を見下ろしています。オペラ座は丘の上。星座の中央にたって、四方に道をしたがえています。放射状にのびた道の端でふりかえってはじめて全貌がみてとれるのです。――――と、考えると、凱旋門も、サクレクールも、多くのメモリアルな建築物は、丘の上に建って街を睥睨していたのに気づきました。

みつめる視線、見上げる視線。パリはみつめあう都市です。

後ろからおいこして、石段を軽やかにかけあがる黒いスパッツ。耳にヒールのコンコンという音が残ります。牡蠣を路上で売る少年のひとなつこい笑み。玄関の屋根につるすヤドリギのあおい枝、その白い実が白熱燈にガラス細工のようにうつります。夕刻から市場では新年を祝う食品が喧騒とともに盛り上がり、人々の胃袋におさまっていきます。白いクロスをかけた食卓で、家族の笑い声がおどります。元気な若者は、11時になるとドアをあけて外へとび出していきました。光のきらめく路上の星座の星々の一つになって。人々が道にあふれると12時の新年。その時、ふっと街の光は消え、すべてが闇に包まれます。年のはじめに出逢うひとびとの横顔を思いうかべて、そして次の瞬間、喚声があがりました。

BONNE  ANNEE

手を繋ぎ、肩を抱く。KISSしあう若者達。僕はこころにうかべたナオの頬にそっとキスを送りました。


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