2013.08.17 過去のニュース
ナオコへの手紙 6
ナオコへの手紙
浅香 洋一
イラスト:卒業生 Yさん
6
朝日がやさしく窓からさしこんでいます。今頃エッグスタンドを手に持ち、小さなスプーンで、半熟の玉子を叩こうとしているのでしょう。ベーコンの焼けた匂いとパリッとしたフランスパンの手ざわり。眠そうな眼をした君は、パジャマの袖をのばして熱いティーポットからお茶を注ぎこむ。
――― 今日も素敵な朝がきました ―――
卵が先か? 鶏が先か? という問に実は正解があるのを知っていますか。卵が先なのだそうです。もちろん、形而上の話ではありません。生物学上の話です。生まれてきたヒナが鶏でないのは、その玉子(遺伝子)が変化したと考えるのだからだそうです。白くて、固い殻の中で、どんないのちがやどるのでしょうか。生まれ出た彼が陽の光を見たとき、たった一人の旅立ちが始まるのです。生まれた地に自分と同じものがいないのを知った時、どんな思いを抱くのでしょう。世界のどこかに僕と同じ思いをしている人がいる。その人を求めて、彼は旅をするかも知れません。大きな翼をひろげ、空を飛び、風にのって………その風の行きつく先は、孤独に身体を振るわせ、空をみつめて鳴く彼女のいるところでしょう。お互いに呼びあい、二人は新たな世界をつくりあげたに違いありません。二人が出逢い、新しい種が誕生します。そうでなくては「卵が先にも、鶏が先」にもなりません。種として成立しないからです。そして、いつの日か二人の子は、世界に満ちていくはずです。
二人が出逢う確率はいくら程あるのでしょう。同じ頃、同じような種として生まれ、出逢える確率です。幾年ほどがあたらしい種の出逢いに費やされるのでしょうか。地球は気長に待っているに違いありません。玉子の形を見ていると、こんな事を思いつきました。
時の流れが始まるのは誕生の瞬間です。固い殻で覆っているのは、二人の出逢いを含めた未来なのです。それが、突きやぶられ「時」が生まれる。様々な思いが動きだすのです。と、すると、流れ出す「時」を逆に一点に集めると、どのようなかたちになるのでしょうか。希望、うつろい、夢、期待、別れ、かなしみ、笑い、いろいろな「時」をあつめてゆく。そして、両の手でぎゅっと握りしめて胸元で聞くと、ほら、玉子の形をしている。玉子が丸いのはこんなわけがあるのかも知れません。
コツン、今日という日の始まりを小さなスプーンで割りましたネ。