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2013.08.09 過去のニュース

ナオコへの手紙 3

ナオコへの手紙                                  

浅香 洋一
イラスト:卒業生 Yさん

太い木製の格子をくぐり、その奥の鉄環のついた門扉を手前に引くと、チーズの香りが僕を包みこみます。案内人は、ランプを壁に懸け、蔵の他のランプを灯しはじめます。明るくなるに従って黄色く大きな丸チーズが闇に浮かんできました。国王の閲兵を待つように、左右の棚に整然と並んでいます。

城主は変わっても、昔からの味はこの城の蔵で守られてきたのでしょう。光と外気を遮断した石の蔵は、時をゆっくりと進ませ、闇が乳を固めてゆきます。時折、その眠りを起こし、汗をかいたチーズの裏表をかえる職人は、気難しい顔をしてつぶやきました。

「味の秘訣?じいさんも云われた通りに、私も決められたようにやっているだけだ」
怒っていないのは、皺をおびた目尻を見ればわかります。でも、次の言葉は飲み込んだまま。そして、急げいそげと蔵の奥に促すのです。彼が立ち止まり、そして、脇の棚を見ると、パンのかけらと、ワイングラスが木製の台の上に載っていました。その台には、お伽話に出てくるような小さな梯子。

――― 小さな番人の取り分 ――― そういった後、ネズミの鳴き声をしたのは、先の職人でした。僕に見せたかったのは、このワインとパンだったのです。

ドラゴンが岩陰に住み、ネズミが人間と話をすることができた大昔のこと。

お嫁さんを迎えるためには、素敵なわらのねぐら、春の訪れをしらせるバラの香りに満ちた庭にあること ……… これが、ネズミの結婚には必要でした。この城のネズミは残念ながらバラの庭を持っていなかったのです。

2 三代目の城主がいいました。「チーズを守ってくれるのなら、バラの香りのワインをあげよう」紅い花びらは、紅い香りのする祝いの酒になりました。パンは?もちろん城主のこころづかいです。

ひとかけらのパンとワインを飲んで、並んでいるチーズには歯型の一つもつけないでいる、お行儀のいいネズミ。チーズを見守っていたのは、闇と石壁だけではなかったのです。

その晩、僕はグラスを1つ余分に頼みました。城の小部屋でチーズを口に含み、赤ワインを飲みました。今夜は安心して眠れそうです。だって、お行儀のよい小さな番人に守られているのですから。


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